金環日食 ~金環を撮影し、完璧にとらえる

本日は待ちに待った金環日食でありました。

数ヵ月にわたって準備を重ね、高倍率のコンデジを買い、太陽撮影用にフィルタを自作し、あとは天気任せという状態で今日を迎え……その肝心の天気は曇り。

予報では雲の切れ間から日食が見えるのではないかとのことで、可能性に賭けて午前3時に起き、車で10分弱ほどにある江戸川区篠崎公園そばの、江戸川土手に撮影拠点を構えることに(当初予定の東京湾岸から変更)。

カメラはCOOLPIX P510。


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◎6時15分

天気予報ってのは当たるもんで、たしかに曇り空。しかし青空がのぞいているので、あまり心配せず、フィルタを装着し撮影の準備に取りかかる。まだこの時間は、土手にいるのは早朝ランニングのおじさま・おばさま方ばかりで、カメラを構える人は見かけず。


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◎6時19分

これから徐々に欠けはじめるところ。


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◎6時21分


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◎6時25分


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◎6時30分

日食の始まりから10分程度でここまで欠けてきました。


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◎6時40分


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◎6時49分


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◎7時2分

これ以降、雲が多くなってきます。と同時に、土手沿いには人が増えはじめ、日食グラスで空を仰いでいる姿が見受けられるように。


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◎7時16分


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◎7時24分

ここから一気に雲が厚くなり、太陽はまったく見えなくなってしまいました。金環の始まりは7時31分から。大変です。大焦りです。いっちばんいいところです。周囲からも「え~」だの「あ~」だの、落胆の声が聞こえてきます。

正直、私も思いました、「終わった……」と。

しかし数分後、わずかに雲と雲と隙間から、数秒、十数秒と太陽の姿が見え隠れ。とはいえ、撮影しようにも雲で光量が減ったおかげで真っ暗にしか写りません。

そこで、2ヵ月かけて作ってきた太陽撮影用フィルタをあきらめ、取り外したうえでシャッタースピードと露出値を調整して挑むことを決意。


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◎7時32分


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◎7時32分


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◎7時33分


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◎7時33分

そしていよいよ、奇跡の瞬間が訪れます。


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◎7時34分

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◎7時34分


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◎7時34分


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◎7時35分


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◎7時35分

こうして難しい条件のなか、完璧なリングを捉えることに成功。失敗が許されない状況での撮影方法変更は勇気が要りました。

そして日食は終わりに向かっていきます。


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◎7時36分


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◎7時36分


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◎7時38分

やがて雲の量が減ってきたので、太陽撮影用フィルタを再び装着。それにしても一番いい時だけ雲を厚くするとは、天もいじわるするものですな。


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◎7時49分


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◎8時4分


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◎8時15分

雲の量が減ってきたのはいいものの、今度は中途半端に雲が薄くなってしまい、光の乱反射が抑えきれない。月でいえば朧月夜のかんじです。


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◎8時29分


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◎8時44分


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◎8時58分


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◎9時00分

金環日食終了。


当ブログではこれまで太陽撮影用フィルタを自作してきましたが、本番では厚い雲によってフィルタが不要になるという皮肉。しかし自作していくなかでの試行錯誤があったからこそ、こうして素晴しい写真を収めることができたのではないか、と自分を慰めている次第です。

6月6日の朝~昼には金星の日面通過という、これも見逃せば100年以上再び見ることはできない天体ショーがあります。今回使用した装備は、この6日に改めて活躍してくれることと思います(またしても天気任せですね)。



Photo:Tomoyuki Ishida





金環日食 ~デジカメ&スマホでの撮影時の注意点と危険性

来週に迫った金環日食。記事執筆段階の予報では晴れが見込めそうで、ぜひともこのまま晴れてくれと願うばかり。


さて、このブログでは自機COOLPIX P510に合わせたフィルタを自作して、何度か記事にしました。しかしなかには、フィルタを付けられない機種やスマホで金環日食の撮影に挑戦しようという人もいるはずです。

手軽な方法としてはカメラのレンズに日食グラスや日食シートを押し当てて撮影する、というものがあります。もちろんそれで撮影そのものは可能ですが、やはり注意しなければならないことがあり、今回はそれについて書いてみたいと思います。



■金環日食は「暗くならない」

ぼちぼち報道もされているように、金環日食中は暗くなりません。「日食」というと皆既日食のイメージか、金環日食でも真っ暗になるのだろうと思われがち。しかし実際のところは、(もちろん光量の変動はあるものの)「明るさに大きな変化はない」くらいの考えでちょうどいいのです。


■デジカメ・スマホの「手持ち」に危険アリ

たとえ日食グラスや日食シートでカメラのレンズ部分を覆ったとしても、当の本人は日食グラスをかけたままではカメラの液晶モニタが見えず、どうしてもカメラの操作は裸眼(メガネ、コンタクトレンズ含む)で行うことになります。

そのため「手持ち」で太陽を撮影しようと空にレンズを向けていると、裸眼(同)であることを忘れて手を動かしたり、不意に腕や体がふらついてしまったりしたときに、直接太陽を見てしまう可能性が高まります。

先ほど述べたように、金環日食とはいえ明るさは通常の太陽とほとんど変わりませんから、金環日食中の太陽を直接見ることは大変な危険をはらんでいます。

とくに日食グラスや日食シートをレンズに押し当てた状態では片手でカメラを構えることになり、腕の不安定さがいっそう増すことに。

なので、太陽撮影時は三脚を使うのがまず無難です。撮影に高さは必要なく、携行用の廉価なもので十分です。そのうえで、設置場所を調整し、斜めから液晶モニタを見下ろす角度で操作するなど、顔を太陽に向けずに撮影する工夫をしましょう。

もし三脚を使用しないのであれば、デジカメにしてもスマホにしても、終始胸のあたりで操作し、顔を決して太陽に向けないように。できれば当日より前に練習して操作の感覚をつかんでおくといいと思います。また、ハナから金環日食以外の撮影を捨てて、日食グラスからフィルタを切り取ってレンズ部に貼り付けてしまえば、両手での操作が可能になります。

とはいえ、そもそも太陽を撮影する際は、デジカメにしてもスマホにしても最大ズームでの操作となりますので、手持ちでは相当な手ブレが避けられません(片手ならなおさら)。マニュアル操作でシャッタースピードを調整した経験に乏しいようなら、キレイに撮影するにはやはり三脚があるに越したことはありません。



なお、上記2点を含め、金環日食の観察・撮影の注意点が、以下のリンクに記載されています。平易かつ簡潔にまとめられていますので、本番を迎える前に熟読をお勧めします。

また、もしこのリンク先に書いてあることの理解が難しいようであれば、残念ながら太陽を撮影するための基本的な知識が不足していますので、詳しい人の同行を求めるのが安全です。それも難しいなら、日食グラスなどの日食観察グッズで観察するだけにとどめることを強く勧めます。

2012年金環日食日本委員会 (ページ上部の「金環日食では暗く感じません」から「観察行動にひそむ危険について」までのPDF4本、およびページ下部のPDF「学校向け資料 2012年5月21日(月) 日食を安全に観察するために」1本の計5本)


最近はTwitterやFacebook、InstagramなどSNSが浸透し、金環日食もさくっと撮影してみんなと共有したい衝動に駆られると思いますが、「太陽の撮影には危険がともない、正しく行うには知識が必要だ」ということを認識し、相応の準備をしたうえで当日に臨みましょう。




「肉」の音読み&訓読みは?

「肉」なのか「草」なのかでその人の生き様が決められてしまう昨今。「肉」の字を見ない日はないといっても過言ありません。

漢字にはたいてい音読みと訓読みがあるわけで、では「にく」は音読み・訓読みのどちらでしょう。


「にく」が音読みなら訓読みは…?

「にく」は音読みか訓読みかと問われたら、おそらく多くの人は「訓読み」と答えるのではないでしょうか。でもじつのところ、「にく」は音読みなんです。

通常、音読みはそれを聞いても意味がわからず、訓読みでは意味がわかる場合が多い。たとえば「衣:イ/ころも」「鳥:チョウ/とり」などですね。ですから、ぱっと聞いて意味がわかる「にく」を訓読みだと思っても無理はありません。

では「肉」の訓読みは何でしょうか?

それは「しし」です。


イノシシ=イノシシの肉

「肉」を「しし」と読むのは古事記にも記されるとても古い読み方で、「しし」は食用の獣肉のことを指していました。(獣肉だけでなく人肉を指す場合もあり)。

かつては「ゐ(猪)」の1字だけでイノシシのことを表していましたから、「ゐのしし」は「イノシシの肉」を意味しています。

ただ、「しし」は肉がとれる獣そのものを指す意味もあったので、のちに「ゐのしし」は現代と同じように動物としてのイノシシを指すようにもなります。

こうなるとややこしそうですが、話し言葉で「ゐのしし」が動物を指すか肉を指すかは話の流れでわかるでしょうし、書き言葉なら「ゐ」と「ゐのしし」で書き分ければよさそうなので、とくに問題はなかったのかもしれません。


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◎「イノシシの肉」という名の動物 Author:Sander van der Wel Creative Commons


もはや現代では方言以外で肉のことを「しし」と読むことはまずないと思いますが、肉と同じ意味の漢字「宍(しし)」は地名や姓で広く残っており、また鹿のことを「しし」と読むケースもあります。

とはいえ、いっぺんに書くと長くなりますので、「宍」と「鹿」についてはまたの機会に。





※前述のように現代では肉を「しし」と読む機会は失われているので、肉に訓読みはないとする考え方もあります。


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